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横浜地方裁判所 昭和39年(行ウ)18号 判決

原告 輿水斌

被告 藤沢税務署長

訴訟代理人 真鍋薫 外六名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告の昭和三七年分所得税の更正および過少申告加算税賦課決定処分に対する異議申立について、被告が原告に対し昭和三九年七月八日付でなした棄却決定はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、

その請求の原因として

一、被告は白色申告者である原告に対し昭和三九年三月一三日付通知書をもつて昭和三七年分所得税の更正および過少申告加算税の賦課決定処分(以下単に原処分と略称する)をしたので、これに対し原告は昭和三九年四月九日被告に対し異議申立てをしたところ、被告は同年七月八日付で右異議申立て棄却の決定をなし、被告に通知した。

二、しかしながら被告の右異議申立て棄却決定には、次のような瑕疵がある。

本件異議申立て棄却決定には「原処分で決定した課税標準および税額については、原処分の調査の記録を審査した結果、これを不当とする点は見当らず、原処分は相当であると認められます」という理由が付記されているのみで、具体的理由を示していない。

行政不服審査法第四八条、第四一条第一項によれば、異議申立てについての決定には理由を付記すべき旨規定されていて、その趣旨は、行政機関をしてその判断を慎重にさせ、且つ恣意に流れることのないようにその公正を保障させることにあるからその理由の記載は異議申立人の不服事由に対応して、その結論に到達した過程を明らかにするものでなければならない。

ところで原告の本件異議申立てにおける不服の事由は、その用語にとらわれないで合理的に解釈すれば、要するに被告のした原処分は具体的事実と相違するので、再度原告との協力の下に調査して真実の課税をして欲しい、という趣旨であり、従つて被告が前記理由において判断すべき主要な点は、若し原処分を維持するのならば、被告のした調査、その結果得た資料を示し、これに基づく判断の過程を具体的に説示するものでなければならない。しかし前記理由では、被告がどのような調査をし、またどのような資料に基づき、原処分が正当であるというのか、その判断の過程は全く不明であり、かかる理由の記載は前記法条に違背する違法なものであつて、取り消さるべきものである。

と述べ、被告の主張に対し、

一、審査請求は行政不服審査法第四条第一項、国税通則法第七九条第五項によつて原処分を直接審査の対象としているものであつて、異議申立てについての決定を審査するものではない。従つて審査請求に基づく裁決は本件異議申立て棄却決定の効力に何ら消長を及ぼさない。

また右裁決に付記された理由が十分であるとしても、これにより本訴の利益はなくなるものではない。行政不服審査法第四八条第四一条第一項が異議申立てについての決定に理由を付記することを要求しているのは、異議申立てについての決定書の理由記載自体を効力要件にして、その記載の理由だけから結論に至つた判断の経過を国民に十分理解させるために行政機関の判断とその理由とを要求する権利を有するとの意義である。しかも異議申立てについての決定の理由は、原処分をした被告自身の判断であり、特に原処分の取消を訴訟上要求しなければならない事態においては、原告としては原処分庁の判断とその理由を理解する必要がある。

さらに被告は本訴において本件異議申立て棄却決定が取り消されると国税通則法第八〇条第一項第一号により審査の請求があつたものとみなされると主張するが、しかし本件のような場合右規定の働く余地は全くなく、被告においては行政事件訴訟法第三三条第二項に従い、改めて決定をしなくてはならないものである。

以上のとおりであるから、本訴訟は何ら訴の利益に欠けるところはない。

二、被告主張の裁決に付記されている理由についても、例えば平均的差益率、原告の推定に止まるとする経費の内容、平均的所得割合、標準的雇人費の率なるものは全く不明であり、従つて原告としては如何なる計算の過程で裁決のような所得が算出されたのか全然知り得ない。

従つて裁決の理由自体が違法である以上、これによつて本件異議申立てについての棄却決定が適法になるいわれはない。

と述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、

答弁および主張として

一、原告主張第一項の事実を認める。同第二項の事実中、本件異議申立て棄却決定に付記の理由が原告主張のとおりであることを認めるが、その余の事実は争う。

二、本訴は訴の利益を欠く。

原告は本件異議申立て棄却決定を経た後の原処分に不服があるとして、本訴において主張する違法事由を含む不服の事由を掲げ、昭和三九年八月七日東京国税局長に対し審査請求をしたので、同局長は昭和四〇年一〇月一四日付裁決書をもつて、別紙記載のとおり原処分を一部取り消す裁決をなし、その旨原告に通知した。

ところで本訴において、仮りに本件異議申立て棄却決定が違法として取り消されると、該決定は失効し、異議申立ての段階に戻り、この結果国税通則法第八〇条第一項第一号により、本件異議申立ては審査請求とみなされる。しかし前記のように、先に原告から審査請求がなされており、これに対し既に原処分を一部取消す旨の実体的裁決がなされたから、右審査請求とみなされる申立ては二重の請求となり、これに対し審査庁としては再び実体的判断をする必要も実益も存しないから、却下の裁決をすることとなる。

このように終局的に却下の裁決がなされることが確定している以上、本訴において本件異議申立て棄却決定を取り消す法律上の実益は存しないから、本訴は訴の利益を欠くものである。

三、本件異議申立て棄却決定は適法であつて、その理由付記に何らの瑕疵はない。

1、異議申立て棄却決定に付記する理由には、すべて決定の内容たる判断の経過、過程を詳細に記載しなければならないものと、一般的に論定することはできず、異議申立人の不服事由に対応し、或いは具体的詳細であることを要し、或いは簡略で足りる場合もあつて、専ら異議申立人の不服事由の内容如何にかかるものである。

国税通則法に基づく異議申立ての制度は、他の行政不服申立方法とならんで、国民の権利利益の救済を図るための制度であることは勿論であるが、しかし権利救済に藉口し、殊更行政の執行にいいがかりをつけるだけの不真面目な異議の申立ては、行政の適正な運営を阻害するものであつて容認さるべきものではない。行政不服審査法が不服申立てについて書面主義を原則として採用し(同法第九条)、その書面には特に不服申立ての趣旨および理由を明記させ(同法第一五条、第四八条)、行政庁に対し何を如何なる理由で求めるのか、不服の由つてくる根拠を明らかにすることを要するものとし、右記載が不備な場合、可能な限り補正を命ずるが、これに応じないときは当該不服申立てを却下することとし(同法第二一条、第四〇条、第四七、四八条)、また審理に際しては不服申立人に意見陳述権を認める(同法第二五条、第四八条)等して、行政庁をして不服申立てを十分に検討させるため、不服申立人に補正、意見陳述の機会を与え、且つ行政庁も不服申立人に意を尽させるよう行動することについて配慮し、国民の権利利益の伸長に留意するとともに、これに応ぜず、真摯にその申立てをしようとしない者に対してはおのずから保護の薄いことを明らかにしているものである。

異議申立てについての決定に付記する理由の記載の程度についても、法の右のような態度と関連なくしては考えられないものであつて、若し不服申立の趣旨および理由が具体的詳細なものであれば、これに対応して右決定の理由もおのずから具体的詳細であることを要するが、その不服事由が法律上無意味なものであるとか、或いは単に不服であるというだけで、不服の事由を具体的に明らかにせず、行政庁の釈明にも応じない等真摯でないものについては、これに対する決定の理由記載も簡略なもので足りる。

2、ところで原告の本件異議申立書に記載の理由は、「処分の理由によれば調査の結果過少であると記されているが、突然来訪し調査させろと強要され又署員に暴言を受けたことはあるが、未だ正当な調査はされていない。私は正当な調査なら受ける事を署員に伝えてあり、又当然差別的でない調査を受ける国民としての権利がある。よつて一方的な更正には不服であり、異議の申立てをする」とあつて、要するにその趣旨とするところは、調査を受けたことがないにも拘らず、一方的に更正したのは不当であるというに帰する。

しかしながら被告は原処分をするについては能う限りの調査をし、昭和三八年一一月頃から前後三回に亘つて原告方に臨店したが、原告は被告職員の質問には一切答弁しないという態度を固執し、また神奈川県民主商工会藤沢支部事務局員の立会でなければ、帳簿書類は提示できないと言明し、被告の調査を拒否妨害する態度に出たため、原告から直接資料を得ることは殆んど不可能であつて、調査は極めて難渋したが、関係取引先の調査を経て漸く原処分をしたものである。

次に被告が原告の本件異議申立てに基づき、その範囲で申立ての理由とするところを調査したところ、右のような経緯であることが判明したので、被告としては原告の本件異議申立ての真意を知り、若し原告が真に原処分に不服で過大な課税処分と考えているのならば、当然その根拠を示し、且つその資料をも提示して、公正な処分に是正するよう申し立てるであろうと期待し、その実現のため、昭和三九年五月中旬以降数回に亘つて原告と折衝しようとしたが、原告は多く不在ということであり、また同年六月一〇日被告の係官が原告方に赴いて原告に対し不服の具体的理由を確かめようとしたが、これに対し原告は「調査もせずにいきなり過少申告だといつて、内容も説明せずに更正したのは不当だ」というばかりであり、また帳簿書類等の資料の調査は前記民商会事務局員の立会いのもとで行えとして提示しなかつた。

3、このように被告としては原処分当時の経緯の詳細を確認し、さらに原告の異議事由を具体的に把握するよう努めたが、徒労に帰し、結局原告の異議の内容としては前記異議申立書に記載されている以上のものを知り得ない状況であり、この記載の理由に基づいてのみ決定せざるを得なかつたものである。

以上のような状況においては、原告自身を調査しなければ処分できないという法律上の根拠はないのであるから、結局原告の前記異議事由は法律的に意味をもつ異議事由とはいえない。そして被告にはかように無意味な異議事由に対し一々具体的に教示する義務はない。よつて本件異議申立てについての決定に付記の理由には何らの不備はない。

四、仮りに本件異議申立て棄却決定に理由不備の違法があつたとしても、前記裁決において既に詳細に理由を記載しているから、結局違法性は消滅したものである。

課税処分等国税に関する法律に基づく処分については、特に行政不服申立ての前置を、しかも二段階に分けて規定している(国税通則法第八七条)。これは処分の大量性、回帰性という特殊性に基づき、これにより行政庁の処理の統一に資し、行政庁内部の事務処理の反省の要請を充たそうとするもので、これはまた国民の権利救済の趣旨に合致するものである。そして行政事件訴訟法第八条第三項は、処分につき審査請求がなされているときは、裁決がなされるまで訴訟手続を中止することができると定めている。これは裁判所が行政庁内部における最終的判断に依拠して司法的判断を加えようとする趣旨であると解せられる。これらを綜合すれば、裁判所は裁決に至るまでの経過で是正された上での行政庁の処分につきその適否を判断することを制度的に定めているといわざるを得ない。

そうすると本件においては前記裁決において、別紙記載のとおり原処分の根拠を詳細に明示して原処分の一部維持さるべきことを明らかにしているのであるから、本件異議申立てについての決定の理由不備の違法は治癒され、既に消滅に帰したものというべきである。

と述べた。

(証拠省略)

理由

原告がその主張の原処分に対し、昭和三九年四月九日被告に対し異議申立てをしたところ、被告は同年七月八日付で右異議申立て棄却の決定をなし、その頃これを原告に通知したこと、および右異議申立て棄却決定に付記されている理由が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

そこで先ず、原告に本訴の利益があるかどうかについて判断する。

原告が本件異議申立て棄却決定を経た後の原処分を不服として、昭和三九年八月七日東京国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は昭和四〇年一〇月一四日付の別紙記載のとおりの裁決書をもつて原処分を一部取り消す旨の実体的裁決をなし、その頃これを原告に通知したことは当事者間に争いがない。

被告は、本件異議申立て棄却決定が仮りに本訴訟において違法として取り消されるならば、当然異議申立ての段階に戻り、この結果国税通則法第八〇条第一項第一号により本件異議申立ては審査請求とみなされる旨主張する。

ところで異議申立てを棄却した決定が判決によつて取り消された場合、取消判決の形成的効果により、該決定のなかつた状態に復帰するのは勿論であるが、この場合行政事件訴訟法第三三条第二項は、不服申立人の裁決(同法の関係では異議申立てについての決定を含む。同法第三条第三項。以下同様)のやり直しを受けることについての利益を考慮し、改めて審査請求(異議申立てを含む)の手続をとらなくとも、従前の審査請求がそのまま存続するものとし、これに対し行政庁は、判決の趣旨に従い、改めて裁決をし直さなければならない旨定めている。従つてこれによれば、本件異議申立て棄却決定がその付記の理由に不備があるとして取り消されたならば、被告は改めて法の定める要件に適合する理由を付記した決定をしなければならない義務が生ずることとなる。

そうすると国税通則法第八〇条第一項第一号の規定を、若し被告の見解のように右の如き場合にも適用あるとするならば、この規定は結果的には行政事件訴訟法の前記規定の適用を免かれさせる特別規定の如き関係に立つことを否定することができない。

そこで国税通則法第八〇条第一項第一号の規定の趣旨についてみるのに、同法においては、国税関係処分がその性質上大量的、回帰的であり、しかもその争いは主として賦課に関する事実認定をめぐつて生ずることが多く、このためこれに対する不服申立ても、先ず事実認定の究明に便利な立場にある原処分庁に当らせるのが争訟手続上経済的であり且つ不服申立人の便益に適う場合が多いことに鑑み、原則として先ず原処分庁に異議申立てをさせ、さらに、なお原処分に不服ある場合に限つて審査請求を許すものとして、二審制を採用しているのであるが、同法第八〇条第一項第一号は、右異議申立てについての原処分庁の決定が遅延している場合、右遅延によつて異議申立人が被ることあるべき不利益を顧慮して設けられた規定である。かような場合行政不服審査法第二〇条第二号によると、異議申立人は異議申立てについての決定を経なくとも、審査請求をすることができると定められているが、国税通則法第八〇条第一項第一号は、右規定の特別規定として、異議申立人において改めて審査請求の手続をとらなくとも、当然に審査請求とみなされるものとして、不服申立人の手続上の便益を図る趣旨に出でたものであり、またそれであるからこそ、若し異議申立人においてあくまで異議申立てについての原処分庁の決定を望んで別段の申出をしたときは、依然異議申立事件として係属するものとし、不服ある者の二審による審理を受ける利益を保障している。

国税通則法第八〇条第一項第一号の規定の趣旨は、右に述べた以上のものでは決してなく、従つてまた右規定は、異議申立てについての決定が全然なされずに遅延した場合と異なり、所定期間内に右決定はなされたが、その後取消判決の法的効果としてその効力なきに帰した場合には何ら関知しないところである。若しかかる場合にも右規定の適用あるものとして当然審査請求とみなされるものとすれば、かような場合原告(異議申立人)としては一応異議申立てについての決定のやり直しを求めて取消判決を得ようと訴を提起したものと考えられるのに、却つてこれがため右規定の定める別段の申出をする機会を失い、二審による審理を受ける利益を損われる虞が生ずるのに、かかる場合の救済規定が何ら設けられていないことに徴しても、右規定の適用を肯定するわけには行かない。

そうすると若し本件異議申立て棄却決定付記の理由に不備があるとして右決定が取り消されたならば、行政事件訴訟法第三三条第二項に従い、被告は改めて法が定める要件に適合する理由を付記した決定をしなければならないことになるが、この関係は異議申立て棄却決定を経た後の原処分について、審査の請求がされているとか或いはこれに対し既に実体的裁決がされているとかいうことだけで当然に影響を受けるものではない。異議申立て棄却決定に付記された理由が不備の場合、異議申立人は法の定める要件に適う理由を要求する権利があるのであつて(行政不服審査法第四八条、第四一条第一項)、しかもこの権利の行使、即ち右瑕疵に対する不服主張は当該瑕疵が右決定に固有のものとして該決定に対してなされねばならない(行政事件訴訟法第一〇条第二項参照)関係上、既に審査請求に対し実体的裁決がなされたとしても、この一事をもつてしては異議申立人の右の如き権利に何らの消長を及ぼすものではないと解されるからである。もつともこのような場合、当該行政庁としてはその決定の内容について右裁決の効力に拘束され、右裁決の内容と相矛盾する決定をすることができないにしても、その拘束を受ける範囲内において、法の要求に適う理由を付記した決定をすることは法律上何らの妨げとならないものというべきである。以上の関係は、若し右裁決もまた法の定める要件に適合せず、理由にもならない理由を付記しているに止まつている場合を想定すれば一層明瞭になろう。

しかしながら翻つて、既になされた実体的裁決が法の定める要件に適合するに足る理由を付記しているものであれば、右と同様に考えることはできない。かような場合、異議申立てについての決定に付記の理由が不備であるとの故をもつて、該決定を取り消し、改めて適法な理由の付記を命じたとしても、被告は一面において行政不服審査法第四三条第一項により上級行政庁のした裁決に付記されている理由に拘束され、これと異なる判断を示すことができないし、他面この理由以上の詳細な理由を示さなければならない義務もないから、結局被告の付記すべき理由も裁決に記載の理由をもつて足ることとなるわけである。したがつて、このような場合に理由記載の不備の故に異議申立てについての決定を取り消して、改めて理由の付記を命ずるのは法律上無意味なことであるのは明らかである。不服申立人においても裁決によつてではあるにしてもその異議申立に対する判断の理由を知ることができたのであるから、いわばその目的を達したものということができ、このうえ原決定を取り消す判決を得て裁決と同じ理由の表示を再度求める必要はない。

そこでこれを本件についてみるのに、前記裁決に付記されている理由は別紙記載のとおりであり、また原告が本件異議申立てにおいて掲げている不服の理由が被告主張のとおりであることは成立に争いのない乙第一号証により明らかである。

そして、右不服の理由を原告主張のように広く解釈すべきものとしてみても、前記裁決に示された理由は右不服理由に対応するものとして法が要求する要件に適合するものといわねばならない。原告は前記裁決に付記の理由中にも不明確な箇所のあることを指摘してその理由も法の要求をみたしていないと攻撃するが、この程度の理由の記載によつてもその判断を導いた経過を理解することができ、原告の主張するような点にまで詳細でなければならないとは解せられないので右の主張は採用しない。

そうすると本件異議申立て棄却決定に付記された理由が、仮りに原告の本件異議申立ての理由に対応する判断として明確を欠く違法なものであつたとしても、これを理由に右決定を取り消すべき法律上の実益は審査請求に対する裁決により存しなくなつているから結局本訴は訴の利益を欠くものである。

よつて原告の本件訴を不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森文治 田辺康次 門田多喜子)

(別紙)

裁決

別表のとおり所得税額等の更正処分および過少申告加算税額の賦課決定処分の一部を取り消す。

裁決の理由

一、昭和三九年八月七日付審査請求書記載の「審査請求の理由」において、請求人を調査をせずして一方的な更正を行つたことは不当であるという理由をあげて、原処分の取消しを求めているが、請求人自身を調査しなければ更正処分が出来ないとの法律的根拠はなく、この点に関する請求には理由がない。

二、昭和三九年九月一五日付「審査請求の追加」と題する書面の「理由」において、請求人に原処分の内容を説明しないのは著しく不当であるという理由をあげて、原処分の取消しを求めているが、藤沢税務署長の行なつた原処分は所得税法および国税通則法所定の手続にしたがつて適正になされたものであるから、この点に関する請求人の主張にも理由がない。

三、以上のとおり本件原処分には請求人が主張するような手続上の違法は存在しないと認められるので、以下原処分の所得金額の計算の内容に違法性があるかどうかを判断する。

四、原処分の認定した所得金額は六四九、四八六円であるが、当審査庁の審査の結果によれば、正当所得金額は五二〇、一〇五円である。以下五二〇、一〇五円を正当とする根拠を明らかにする。

(一) 請求人の売上金額の計算は信ぴよう性のある記帳記録に基づくものではなく、単純な推定額に止どまるので、これを是認することは適当でなく、原処分において、取引先調査の結果判明した請求人の仕入金額三、三七六、一〇九円を基礎として、妥当と認められる同業者の平均的な差益率で逆算して売上金額を推計したことは妥当と認められる。

(二) 次に請求人の計算にかかる経費の内には単なる推定額に止どまるものがあり、これをそのまま是認して所得金額を算出することは適当ではないので、上記(一)の売上金額に同業者の平均的な所得割合を乗じて算出した金額一、〇〇五、二六一円から雇人費、支払家賃等を控除して請求人の所得金額を算出した原処分の算定方法は妥当と認められる。しかしながら、当審査庁の審査した結果によれば原処分の算定した雇人費、支払家賃等については、その計算に誤りがあると認められるので、これを次のとおり正当額に修正の上請求人の所得金額を算出すると五二〇、一〇五円となる。

(イ) 雇人費  二三五、〇一四円

請求人の計算にかかる雇人費はその支払額の真実を証する客観的な資料が不充分であつて、信ぴよう性が認められないので、当審査庁は次の方法により請求人の雇人費を算定することを妥当と認めた。

即ち昭和三七年中において請求人の従業員が配達したと認められる牛乳の総本数に一本当りの配達に必要とされる標準的な雇人費の額を乗じて請求人の雇人費の金額を二三五、〇一四円と算定した。

(ロ) 支払家賃  六七、二〇〇円

(ハ) 除却損    一、六五〇円

(ニ) 損害賠償   四、〇〇〇円

当審査庁は上記(ロ)ないし(ニ)の各経費について、何れも請求人の計算額を妥当なものと認め容認する。

(ホ) 支払利息  六一、八四七円

請求人の計算による上記必要経費は一九、八四七円であるが、当審査庁の審査によれば上記金額と認められた。

(ヘ) 貸倒損   四五、四四五円

請求人の計算にかかる貸倒金四七、二五三円の内、少額で貸倒金とは認め難いものを除き、上記金額を認定した。

(ト) 専従者控除 七〇、〇〇〇円

税法所定の計算として本人計算を容認する。

(別表省略)

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